千葉地方裁判所一宮支部 昭和29年(ワ)34号 判決 1956年5月11日
原告 国
訴訟代理人 加藤隆司 外二名
被告 亜細亜罐詰株式会社破産管財人 笠原忠太
主文
原告の破産者亜細亜罐詰株式会社に対する当庁昭和二十七年(フ)第一号破産事件に於ける破産債権が金十八万八千三百三十八円六銭であることを確定する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告は主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、
一、訴外配炭公団(以下公団という)は、訴外亜細亜罐詰株式会社(以下亜細亜罐詰という)に対し、昭和二十四年五月七日から同年九月十五日までの間、種類、等級、数量は経済安定本部総務長官の割当計画により、価格は、荷渡した石炭の荷渡条件別販売規格統制額により、代金支払期日は当初は荷渡後二週間限り後には各荷渡当日とし、若し期日に支払わないときは日歩五銭又は二銭五厘の割合に依る遅延損害金を支払う約で石炭合計五十九屯を代金合計二十一万百七十五円で売渡した。
二、然るに、亜細亜罐詰は右代金のうち金九万九千八百十七円六銭を支払つたのみでその余の代金及び遅延損害金の支払をしない。
三、公団は、昭和二十六年三月一日右債権を原告に譲渡し、亜細亜罐詰に対し同月十九日右債権譲渡の通知を発し右通知はその頃亜細亜罐詰に到達した。仮に然らずとするも、公団は昭和二十四年九月十五日政令第三三五号配炭公団解散令に基き解散し、同二十六年四月五日清算結了の登記をなしたが、右清算による公団の残余財産は右政令第十三条により原告に帰属し、本件債権も右の一部として原告に帰属したものである。
四、しかるに亜細亜罐詰は当庁昭和二十七年(フ)第一号破産事件に依り当庁に於て昭和二十八年一日二十八日午前十時破産宣告を受け、被告がその破産管財人に選任された。
五、よつて原告は前記の破産事件に於て前記残代金十一万三百五十七円六銭及び右破産宣告の日の前日たる昭和二十八年一月二十七日までの遅延損害金七万七千九百八十一円の合計十八万八千三百三十八円六銭を確産債権として届出たところ、昭和二十九年二月二十三日の債権調査特別期日に於て被告は原告の届出た右債権について異議を述べたので、被告に対し右債権の確定を求めるため本訴に及んだ次第である。とかように述べた。
被告は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中一、二、三の事実は否認する四、五の事実は認める旨を述べ、
抗弁として、
仮に原告主張の如き石炭の売掛代金債権及び亜細亜罐詰からの内金支払があつたとしても、
(一)、民法第四百九十一条に則り先ず遅延損害金に充当し残額を元本に充当すべきであつて原告主張の如き充当方法は誤りである。
(二)、公団の石炭の売渡価格は、その買取価格を超え一定の差額を生ずるように定められていたもので、商法第五百一条第一号に所謂「利益を得て」とは、必ずしも厳格な意味に於ける利潤を得る場合のみを指称するものではなく、個々の取引についていやしくも利鞘がある場合、すなわち、当該取引に伴う実費を計算に入れた上で、取得価格と譲渡価格との間の開きがあると認められる場合をも当然含むものと解すべきであるから、公団の石炭の買取及び売渡の行為は商法第五百一条第一号に該当する行為である。かような行為を反覆し業として行う公団はその面に於ては商人である。従つて公団の業務から生じた本件売掛代金債権は商行為によつて生じた債権として商法第五百二十二条の適用があり、公団はその業務の面に於ては商人であり且商品を販売する商人として民法第百七十三条に所謂「卸売商人」又は「小売商人」と認むべきであるから、本件債権については二年間の短期時効によつて消滅するというべきである。本件債権は昭和二十七年七月を以て時効によつて消滅したものであるから右時効を援用する。
とかように主張した。
原告が被告の右抗弁に対し、次のとおり主張した。
一、従来公団のなして来た先ず元本に充当する弁済充当方法は亜細亜罐詰に於て承認し来つたものである。
二、配炭公団は営利を目的とするものではなく卸売商人又は小売商人でないからその石炭売却代金には民法第百七十三条の適用はない。即ち、終戦後、全く無秩序と混乱の状態に陥つたわが国民経済の安定を図り、インフレを防止し、平和産業の再開を促進するためには、綜合的な経済統制特に物資の統制が絶対的な要請であつた。そこで、物資の生産、配給及び消費、貿易、労務、物価、財政、金融、輸送、建設等に関する経済安定の緊急施策について、企画立案の基本に関するもの並びに各庁事務の綜合調整及び推進に関する事務を掌らしめるため経済安定本部を設けたが、その計画の実施業務を担当せしめるため一種の政府機関としての公団制度が構想された。旧国家行政組織法第二十二条に「公団は、国家行政組織の一部をなすものとし、その設置及び廃止は、別に法律でこれを定める」と規定された。このように公団は、政府自らが全面的責任に於て経済統制を実施するための機構として設置されたものであるから、その組織運営は、政府の全面的監督を受けるのは当然であり、配炭公団法第一条によれば、公団は経済安定本部総務長官の定める割当計画及び配給手続に従い、石炭の適正な配給に関する業務を行うことを目的とするもので、その目的は法律によつて明確に定められていたもので、当初から企業の本質たる営利性の如きはその性格上問題となり得ず、能率的な事業の運営というよりも公正な事務処理がその内在的性格であつたのであつて、公団は臨時的且準官庁的性格を持つた政府の経済政策遂行機関としての公法人というべきであり、営利を目的とする団体ではない。公団の業務として行われた石炭の一手買取、一手販売は、それ自体の性質は私法的取引たるを失わないと思われるが、経済の統制を目的とする国家権力に基く行政作用の一環としてなされたものであり、もとより商法第五百一条第一号にいう営利を目的として行われたものではなく、従つてかような取引を反覆し、これを業務として行つても、これを以て公団を商人とみることはできない。公団の石炭の売渡価格は、その買取価格を超えて一定の差額を生ずるように定められていたことは認めるが、この差額はいわゆる利益とは全くその性質を異にするものである。この差額は公団の維持運営に要するいわゆる間接経費及び石炭の運搬費等買取費以外の直接経費等を支弁して正に過不足のないように計算されたもので、それ以外に公団の利益は一銭たりとも見込まれているものでなく、また事業運営の実際においても利益を生じているものでないから、いわば、石炭買取人に対する受益者負担金乃至手数料とみるべきものであり、一般の営利事業に於ける利鞘とは到底同一視し得ないのである。公団の設置、維持、運営に要した巨額の全経費を終戦後の極めて逼迫した経済生活の下で、国民一般に負担せしめる即ち一般の国の予算で賄うことは決して妥当な措置ではなく、この新しく、かつ特殊な行政に要する経費は、これにより直接に利益を受ける者即ち石炭買受人に負担せしめることが公平であり、また至極当然な方法であつたと思われる。この差額の計算の仕方は各種の公団を通じて採用されたのである。しかも現実の公団事業運営の結果は必ずしも当初の計算通りに行かず、遂に欠損を生じて相当額の国庫負担を仰がざるを得なくなつた公団も若干あるのであつて、配炭公団の如きは実に三十億円以上に上る国庫支出を得て漸く収支を合せたのである。
本件債務者が株式会社であるため、その石炭買受の行為は、商法第五百三条の規定により会社のため商行為とみなされ、同第三条第一項の適用に基く同第五百二十二条の規定によりその消滅時効は五年とされるものと考える。
若し仮に、公団が民法第百七十三条第一号の卸売商人又は小売商人であるとするも、本件債権は商人と一般消費者の間に生じたものでなく、公団と商人たる破産会社との間に生じたものであり、しかも金額も大であるばかりでなく、債務者である破産会社は株式会社としてその帳簿上の記載は明瞭である筈であり、計算関係も亦はつきりしているのであるから、これに同法条の短期時効を適用することは同法条の立法趣旨に鑑みて否定されるべきである。
<証拠省略>
理由
亜細亜罐詰が原告主張の如く当庁に於て昭和二十八年一月二十八日午前十時破産宣告を受け、被告がその破産管財人に選任されたこと、原告が右破産事件に於て原告主張のとおりの破産債権の届出をしたところ、その債権調査特別期日に於て被告がこれに対し異議を述べたことは争がない。
証人鎌田善徳の証言によつて成立を認めうる甲第一、二号証、成立に争のない同第三、第四号証に証人鎌田善徳の証言をあわせると原告主張の期間に配炭公団は亜細亜罐詰に対し原告主張の如き約定の下に主張の如き石炭を売渡し、その残代金が原告主張のとおりであること、亜細亜罐詰は原告主張のとおりの内金を支払つたのみでその余の代金及び遅延損害金の支払をしないことを認めることができる。
配炭公団は右内金をすべて元金に充当していることは甲第一号証により明らかであるが、証人鎌田善徳の証言によれば右は亜細亜罐詰の承認し来つたところであることが認められ、右充当方法が誤りであるとする被告の主張は当らない。
配炭公団は昭和二十四年九月十五日政令第三三五号配炭公団解散令に基き解散したものであるが、成立に争のない甲第五号証によれば昭和二十六年四月五日清算結了の登記をなしていることが明らかで、右公団の清算による残余財産は右法令によつて原告に帰属し、右債権も原告に帰属するに至つたものと認めるべきである。
ところで被告は本件債権には民法第百七十三条の二年の短期時効が適用される旨主張するので按ずるに、配炭公団は配炭公団法(以下法という)に基き経済安定本部総務長官の定める割当計画及び配給手続に従い石炭及びコークス等の適正な配給に関する業務を行うことを目的とする法人であり(法第一条)、基本金は全額政府の出資に係り、運営資金は復興金融金庫から借入れ(法第三条)、総裁、副総裁、理事監事等の役員は主務大臣がこれを任命し(法第十一条)、役員及び職員はこれを官吏その他の政府職員とし、原則として官吏に関する一般法令に従う(法第十四条)、その業務としては経済安定本部総務長官の定める割当計画及び配給手続並にこれに関する指示に基き、主務大臣の監督に従い物価庁の定める価格による石炭、コークス及び指定亜炭の一手買取及び一手売渡、これら物資の保管、検査、及び輸送附帯業務を行う(法第十五条)が、毎事業年度の各期の財産目録、貸借対照表、損益計算書は経済安定本部総務長官に提出しその承認を受け、会計検査院の検査を受け承認を受けなければならず、又剰余金は国庫に納付する(法第二十条)等に鑑みるときは配炭公団は純然たる官庁自体ではないが、政府の一部局に属する国家機関であつて公法人であり、商人であるということはできず、公団の業務として石炭、コークス等の一手買取及び一手売渡がなされるけれども営利を目的とするものでなく、その石炭等の売渡価格はその買取価格を超え一定の差額を生ずるように定められていたことは原告の自認するところであるが、この差額とて公団の利益を見込まれていたものでもなく(証人渡辺栄典の証言)、従つてこれを反覆し業務として行つたとしても営業的商行為なりとなすこともできない。よつて被告の本件債権につき民法第百七十三条の時効の適用ありとする被告の時効の抗弁は失当として排斥する。
そうとすれば、原告の破産者亜細亜罎詰に対する債権が元金十一万三百五十七円六銭及びこれに対する破産宣告の前日たる昭和二十八年一月二十七日までの遅延損害金が金七万七千九百八十一円であることは計算上明らかであるから、原告の破産債権が金十八万八千三百三十八円六銭であることの確定を求める本訴請求はこれを正当として認容すべきであるよつて訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 丸山武夫)